第40番 吉木村 から 耳納連山麓を西へ



実は、ここに於いて、いささか悩ましい問題があります。この絵地図では、勿体島から吉木に向かい、草野方面に入っていません。しかし、この頃草野というところは、重要なポジジョンにあったはずです。

しかも、草野の霊場に明治36年三井四国八十八ヶ所霊場という石碑が建っているところもあります。

なにかの事情があったものと想像できます。しかし、ここでは草野は除外して進めます。


四十番札所 吉木

おそらく、このお堂で間違いないだろうと考えています。

 



六十九番札所 山本

このお堂である確証はありません。

◯番霊場と書かれた石碑が立っていますが、読めません。



奥院 ◯水 山本

淺井の一本桜。その下にあるお堂が、該当奥院ではないかと考えています。昭和四年の御札が残っていました。

絵地図には、◯水と書かれていますが、この堂の脇には水が湧き出ているようで、現在では、防火用の水溜が作られています。

 



五十四番札所 大谷 → 大行寺

三番札所 大谷 → 大行寺

奥院 大谷 → 大行寺

左の地図は、明治33年のものです。大谷と呼ばれる地域。現在ここには大行寺、川を遡ると久留米霊園があります。古老の話によると、大行寺は新しい寺で、70年ほど前には、普通の茅葺きの民家で、僧侶と思われる人物が一人で暮らしていたとのこと。

この大谷地区の地図を見ると、とても興味深いのですが、水車が数多く並んでいます。この地図の時代には、13もの水車小屋があったとも言われています。かなり栄えていたようなんです。そうすると、当然、いくつものお堂が建立されていたのではないかと思われますが、現在は、その面影は全くありません。

そうすると考えられるのは、水車小屋の撤収にともなって、石仏を大行寺に預けたのではないだろうかということです。

確かに、大行寺には多くの石仏が並んでいます。

大谷に現在お住まいの方のお話では、谷の奥深くにお堂があったそうです。でも、今は多分崩壊しているだろうということでした。そのお堂が「奥院」である可能性はあります。

また、平成30年にお参りされた方のお話でも、かつて山深くお堂があったと聞いていたそうです。ただ、あまりに奥深いので、昭和期もお参りしていなかったという話も伺いました。大行寺ワキから、拝んで次に行っていたそうです。

 

 


大行寺

大行の境内奥に並ぶ石仏群

左の写真は、大行寺の境内にある石仏安置所のようなところです。

数多くの石仏が並んでいました。

大行寺は、曹洞宗で、現在は千光寺とのつながりが強いようです。寺福童の禅福寺、広川の円通寺ともつながっているようです。


大谷の川沿いに唯一見つけた石仏です。

明治36年と刻まれています。三井四国八十八ヶ所霊場と関わりがあるかどうかは解りませんが、まさに同時期に建立された仏像です。

たぶん、お墓だろうと思いますが、文字が読めません。



八十七番札所 泉

集落の中心となるスペースに感じられました。以前は、人が集う場所だったのでしょうね。



奥院 西泉

一連のお遍路行程からすると、西泉のお堂が濃厚に思われます。西泉には、現在お堂があるにはありますが、仏様はお留守です。お住まいの方に伺ったところ、大行寺のお預けしたとのことでした。

 

※疑問

ここで記す疑問ではなく、大きく取り上げて考察すべき問題だとは思うが、札所番号でも奥院でもない、空白の霊場はなんだろうか?

消されたように見えるけど・・・



奥院 宮園

確定できない霊場です。明治41年の川南道中案内には、西泉の次に、「馬場瀧七内に霊場あり」と表記されています。この馬場瀧七という名前とよく似た名前が、明治35年に四国に渡った7名の中にあります。山本村字耳納村の馬場重七という人物です。この二人が、もし同一人物、または親戚関係なら、この近辺の馬場邸内にお堂があるのかもしれません。

しかし、現時点では宮園のお堂を上げておくことにします。宮園は、西泉の東に位置する集落です。

お堂の裏には小川が流れ、洗い場のような階段があり、いかにも明治の人々の交流の場だったように見えます。

 

 



二十四番札所 千光寺 

絵地図には千光寺と記載されていましが、お寺そのものではなく、地域名だと思います。そこで、このお堂を霊場とだと判断します。

 



三十六番札所 柳坂 おこもり堂

柳坂とは有名な櫨並木の道筋ですが、そこを流れる川の「川筋」と考えた方がいいと思います。

このエリアには永勝寺があります。存在感の有るお寺です。しかも、多くのお堂が存在しています。

絵地図には、ルートよりちょっと山側に霊場が記載されています。このことから、一番上流に有る、この霊場を36番札所ではないかと考えました。霊場っぽいムードが漂っています。

 

 



奥の院

最終お参りの方々から「小寺谷」と呼ばれている霊場があります。この小寺谷のお堂が絵地図に描かれた奥院だと判断してみました。